神のコンセプト〜他人の痛みなど、わからなくてもいい

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 あなたは今まで、一体何人の人から、「他人の痛みがわかる人間になりなさい」、「思いやりのある人になりなさい」と言われただろうか。
また、そのように説いている書物をどれほど多く目にしたであろうか。そして、あなたはこのことを、どれほど強く信じ込んでいるだろうか。あなたは、このことを普遍的な真実であると固く信じて、疑うことのない信念のひとつになっているに違いない。
 もちろん私も無条件にこれを否定する訳ではない。しかし、あなたが真の意味でこのような人間になりたいと思っているのであれば、その前にあなたが絶対にやらなければならないことがある。

「それは何か」

それは、「あなた自身が、自分自身のこころの奥底にある自分の痛みを感じ、その痛みを認め、その痛みの原因とその痛みの本質を突き止め、それを深く認識しなければならない。」ということだ。
 そもそも、自分の痛みがわからなければ、他人の痛みなどわかるはずがない。他人の痛みがわからなければ、他人を真に思いやることなどできはしない。
 他人の痛みを知るためには、自分の痛みを知らなければならない。
 あなたがもし腕を骨折したことがあれば、足を折ったひとの痛みもある程度推察することはできる。
 しかしあなたに痛みについての感覚が欠如していて、自分の痛みを感じることができなかったとしたら、他人の痛みがわかるだろうか。もちろん、わかるはずなどないのだ。
 私たちは体の痛みは、すぐに感じるし、体の痛みから目をそらすようなことはしない。その原因を見つけ、早く治そうとする。
また私たちは、体の痛みなら、どこがどのように痛いのか比較的にうまく説明することができるし、人にすぐ訴える。
 しかし、こころに痛みについては、そもそもこころを痛めたということすら認めようとしない。痛みそのものの存在を認めないし、痛みを感じることすらを拒否する。痛みの原因となった出来事もまともに見ようとしない。その出来事とシッカリと向かい合うことを避けて、目を外らし、できるだけ早く忘れ去ろうとする。痛みを無視し、あたかも何事のなかった様に振る舞う。
 このようにして、その痛みと正面から向き合わず、その痛みから逃げ、自分自身をごまかし、痛みに痛みを重ねて、自分で自分を欺き続けて、こころの傷を広げ悪化させる。
 怒りも悲しみも悔しさも寂しさも、体の痛みと同じ宇宙からの信号、合図なのだ。 
 このような自分自身に対するごまかしや思いやりのなさ、自分自身に対する愛の欠如がどのような問題を引き起こすかを私たちは知る必要がある。
 このような自分自身の怒り、苛立ち、悔しさ、悲しみ、寂しさなどのこころの痛みは、もちろんのこと当然に、あなたのこころと体を蝕み、あらゆる病気を引き起こす大元の原因となる。
 しかし問題なのは、これがあなただけの問題に止まらないことだ。
 あなたが、あなた自身のこころの痛み、怒り、苛立ち、悔しさ、悲しみ、寂しさを無視し、その存在すら認めようとしないで、その正体も突き止めようとしないで、痛みを感じることすら拒否するのであれば、それはあなただけではなく、世界にひいては宇宙全体に痛みを与えることになる。
 だから、あなたは、他人の痛みを知る前に、自分自身の痛みをしっかり感じとり、その正体を突き止め、その原因となった出来事を直視して、自分の内側にある原因も、外側にある原因も勇気を出して変える行動を起こさなくてはならない。痛みから逃げないで、その根源に立ち向かわなければならない。
 あなたがあなたの痛みからあなたを解放することが、全て人を痛みから解放することの第一歩になるのだ。
 あなたが自分のこころの痛みを知ることで、他人の痛みを知ることができる。あなたがあなたの痛みを解放する術を知ることで、他人の痛みを解放する術を知る。
 これが、あなたに真の成功をもたらし、地球に救いをもたらす。


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