目を閉じて 何も見えず
哀しくて 目を開ければ
荒野に 向かう道より
他に 見えるものはなし
カルト組織の本質的問題とは、
特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めることです。
オウム真理教のように、
多くの人々の生命を奪うカルト組織は、
星の数ほどはないでしょう。
多くの人々の生命を奪うカルト組織ではなく、
財産と人生を奪うカルト組織は、
星の数ほど存在します。
オレオレ詐欺が奪うのは財産だけです。
カルト組織が奪うものは、財産と人生です。
カルト組織が奪うものは、
家族、友人、仕事・・・人生のすべてです。
あなたは、決して、
カルト組織に手を染めてはなりません。
あなたは、決して、特定の人間を、
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めてはなりません。
特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として信じ崇めることは、
”神仏、絶対者”の言うことを、
絶対に信じることです。
”神仏、絶対者”の言うことを、
絶対に信じることは、
”神仏、絶対者”の言うことに、
無条件に従うことです。
”神仏、絶対者”の言うことに、
無条件に従うということは、
何の疑いもなく、
弁護士夫妻と一歳の子供の
生命を奪うことです。
特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として信じ崇めることは、
地下鉄にサリンを撒いて、
死傷者を6500名以上出すことです。
これが、麻原彰晃(本名・松本智津夫)を
”神仏、絶対的存在”として信じ崇めた
オウム真理教という
カルト組織が起こした事件です。
”呼吸をすれば 胸の中
凩は 吠き続ける
されど 我が胸は熱く
夢を 追い続けるなり”
2018年7月6日、
地下鉄サリン事件などで、
29人の死者と
6500名の犠牲者を出した
オウム真理教事件をめぐり、
死刑が確定していた元代表の
麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚ら
7人の死刑が執行されました。
しかし、特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として信じ崇める
カルト組織は星の数ほど存在します。
オウム真理教のように、
一般の人々の多くの生命を奪う
カルト組織は、星の数ほどはないでしょう。
多くの一般の人々の
生命を奪うカルト組織ではなく、
財産と人生を奪う
カルト組織は星の数ほど存在します。
”偽装勧誘の手口について、公安調査庁は以下のように分析しています。
【第1段階】
教団名を秘匿し、宗教色を感じさせない形で、ヨーガ、占い、食事会などの各種イベントの開催、街頭や書店での声掛け、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)での交流などを行い、広く一般人との接点を持つ。その中で、宗教やヨーガ、精神世界に興味を持つ者などを、教団名を秘匿したヨーガ教室や勉強会に誘う。(出所:公安調査庁)
【第2段階】
ヨーガ教室などでは、別の信徒が指導などを行いながら、勧誘対象者との人間関係を構築する。また、麻原の名前を出さずにその教えの内容を解説したり、地下鉄サリン事件などは教団以外の者による陰謀であると説明したりしながら、勧誘対象者が教団に対する抵抗感がないようにしていく。
【第3段階】
人間関係が構築され、教団に対する抵抗感がないような段階に至ってから、勧誘対象者に教団名を明かして入会を促す。
北海道や近畿地方の拠点施設周辺の街頭や書店で、教団名を隠して、ヨガ教室に参加しませんかと声をかけていますので、十分注意をしてほしいと思います。”(以上、自由民主党 赤池まさあき参議院議員のブログより)
カルト組織の勧誘方法は、すべて
オウム真理教と同じパターンです。
カルト組織は、
特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として信じ崇める
”組織であることを完全に隠して、
人に近づきます。
そのために、NPOや一般社団法人などの
多くの団体名を使いますが、
実態は完全にひとつのカルト組織です。
ヨーガ教室などで、
信者が指導などを行いながら、
健康やストレスの相談に乗り、
ノウハウを伝えて、
勧誘対象者を信用させます。
更に、魂や悟りなど
スピリチュアルや愛を語ります。
そして、例外なく、
平和な地球、人類救済を説いて、
まず入会させます。
そして、時期を見て、特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として
信じ崇めることを強要するのです。
カルト組織の本質的問題とは、
特定の人間を
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めることです。
オウム真理教のように、
多くの人々の生命を奪うカルト組織は、
星の数ほどはないでしょう。
多くの人々の生命を奪うカルト組織ではなく、
財産と人生を奪うカルト組織は、
星の数ほど存在します。
オレオレ詐欺が奪うのは財産だけです。
カルト組織が奪うものは、財産と人生です。
カルト組織が奪うものは、
家族、友人、仕事・・・人生のすべてです。
あなたは、決して、
カルト組織に手を染めてはなりません。
あなたは、決して、特定の人間を、
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めてはなりません。
あなたが、特定の人間を、
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めることによって、あなた以外に、
多くの人々が、
財産も人生も奪われてしまうことに
なってしまうのです。
あなたが、
信じ崇めても良いのは、
あなたの生命です。
あなたの生命を信じ崇めることは、
あなたの人間としての生命を
信じ崇めることです。
あなたの人間としての生命を
信じ崇めることは、
あなたの人生を信じ崇めることです。
あなたの人生こそが、あなたの
生命であり、あなたの財産なのです。
あなたの人生を信じ崇めることは、
すべての人々を信じ崇めることです。
あなたの人生はすべての人々との
繋がりによって創られているからです。
あなたは、決して、特定の人間を、
”神仏、絶対的存在”として、
信じ崇めてはなりません。
あなたが、
信じ崇めても良いのは、
あなたの生命です。
本当のあなたに出会うことは、
あなたの生命に出会うことです。
あなたの生命に出会うことは、
生命を創り続けている
究極の生命の源に出会うことです。
生命を創り続けている
究極の生命の源に出会うこととは、
あなたが生命を創り続けている
究極の生命の源と
ひとつであることを知ることです。
あなたが生命を創り続けている
究極の生命の源と
ひとつであることを知ることとは、
あなたが、すべての人々と
究極の生命の源によって、
ひとつに繋がっていることを知ることです。
すべての人々と
究極の生命の源によって、
ひとつに繋がっていることを知ることは、
あなたが
”神仏、絶対的存在”として
信じ崇めなければならない人間など
存在しないことを知ることなのです。
”嗚呼 いつの日か 誰かがこの道を
我は行く 蒼白き頬のままで
我は行く さらば昴よ”
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